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HOME ローカルワークストーリー 木原 茂明さん(余市のぼりんファーム)

ローカルワークストーリー

「大草原の小さな家」から発信する壮大な夢

「いつかは北海道で田舎暮らし」学生時代からの夢を追いかけ

木原茂明さんは埼玉県の出身。大学生生活を送り、奥様のゆう子さんとも出会った北海道にすっかり惚れ込み、学生時代から「いつか北海道で田舎暮らしをしたい」という夢を抱いていました。いったん卒業して東京へ出た木原さんは、やがて家庭を持ち、バリバリの商社マンとして20代を過ごしますが、北海道移住の夢を忘れることはありませんでした。

希望した札幌への転勤が運よく叶ってからは、勤務しながら田舎暮らしのリサーチと準備を開始。最初は「田舎暮らしができるならどんな仕事でもよかった」とか。移住して農業や漁業の道を選んだ先輩の話を聞いたり勉強会に参加したりするうちに、自然循環放牧の有畜農業を志すようになりました。理想とする農地になかなか出会えずやきもきしていた頃、新規就農した先輩農家に誘われて今の余市町にたどり着きました。そして、周囲の人たちの話を聞きながら、いろいろ検討した結果、養豚をいったん諦め、余市町が推奨している果樹からスタートすることを決意しました。「自分が果樹農家になるなんて考えてもいませんでしたが、先輩のワインぶどうの話に魅かれたこと、地域の温かい雰囲気が決め手になりました」と木原さん。

2011年、ついに長年お世話になった会社を退職し、本格的な就農準備を開始。土地探しをしているときに紹介されたのが、以前某ウイスキー会社が所有していた果樹園です。耕作放棄されて15年も経っていたその畑はすっかり荒れ地と化していました。それでも丘の上から眺める山々や日本海の景色の美しさにゆう子さん共々魅了されたそうです。いよいよここから「大草原の小さな家」物語が始まります。

家もセルフビルド

人の背丈ほどもあるような薮を刈り、樹木を伐採伐根する毎日。畑からは隕石のような大きな石が出てきて、それを除去する作業は本当に骨の折れるものでしたが、木原さん夫婦は二人とも学生時代は体育会系、持ち前の体力と根性をフルに発揮して開墾を続けました。

「初め通いで作業をしていた頃は、家が寒くて水道もなくて大変だったなあ」と木原さんは振り返ります。2年目には敷地内の自宅建設に着手しました。将来は自宅でファームインを営みたい、農業と観光を融合した経営を考えていたので、住宅にもいろいろな希望がありました。建設は未体験にも関わらず、木原さんは独学で設計をし、窓から見える景色、材料や熱環境、農的暮らしのしやすさ、家族との団らんや宿泊客の快適さなど徹底的に考えて理想の家を追求しました。おかげで途中からは施工も自力で手がけることに。農作業が始まる春に竣工が間に合わず、家族で引っ越してきたときは、電気も水道もない、二階への上り下りもはしごを使ってという状況でした。それでも、お父さんの作った家に子どもたちは大喜びだったとか。敷地内で伐採した樹木を家族や友人みんなで磨いたというリビングダイニングの柱はこの家を象徴しているようです。

木原さんは開墾したばかりの畑に1本ずつぶどうの苗木を植えました。最初は無農薬・無肥料の栽培に挑戦しましたが、なかなかうまく育たず苦労したそうです。病気や虫で立ち枯れてしまう株もあり、「抜いて植えなおした方がいい」という意見まで出ました。それでも、栽培方針を転換し、研究試行を重ねて、最低限の有機肥料を投入しながら、ついに2015年秋に最初の収穫を迎えました。初めての実り。その量は計画の10分の1にも満たない、580キロという結果でした。

その頃、余市町はワイン特区をとったばかりで、ワインぶどうの栽培やワイナリーの建設を奨励していました。本州のワインぶどう産地では、夏の夜温が高くなり過ぎ、ぶどうの酸が抜けるようになったため、わざわざ余市に移住してくる老舗のワイナリーが現れ始めた時期です。余市就農のきっかけとなったワインぶどう農家の先輩も、最初は委託で醸造しながら自宅を改築して小さなワイナリーを開設しました。木原さんは初年度の収量の少なさに愕然としつつ、この状況で手に入った貴重なワインぶどうを最大限に生かそうと奮起し、ぶどうを原材料として出荷するのではなくワインの委託醸造を試みたのです。

岩見沢のワイナリーに醸造を委託すると同時に、醸造の勉強も始めました。ワインはまるで素人、知識も経験もありませんでしたが、料理の好きな木原さんは、だしの味と素材の味を組み合わせる日本料理の世界をワインに重ねて、いくつかの品種を混ぜて醸すという方法をここの特徴にしようと考えました。生まれたのは低投入、低農薬栽培で育てた複数のフランス系ブドウ品種を混醸した辛口白ワインです。農園のある「モンガク谷」がもっと素敵な場所になるようにと思いをこめて「モンガク谷2015」と名付けたそのワイン。成果は周囲が「初めてとは思えない」と驚くほどの繊細さと力強さで、プロが舌を巻くほどの出来でした。「自分でもこんなワインができるとは思っていなかったけれど、周りに評価してもらってすごく嬉しかった」と言う木原さん、頑強で前向きな精神がまさに逆境をチャンスに変えたのです。

「余市のぼりんファーム」では自慢の自宅を利用してファームインを営んでいます。オープンして間もないので、今のところ、夫妻の学生時代の先輩後輩など友人知人が中心ですが、みな、木原さんの壮大な構想と努力に感動し、癒されて帰っていきます。

修学旅行の中高生や、障がいを持った人たち、外国人のボランティアなど、農作業を手伝ってくれる人たち誰に対しても自分たちの夢を熱く語り、今やっている作業がどんなに大切なことか、どんな工夫をし、どんな成果を期待しているか、ということを丁寧に語る木原さん。そのため、お手伝いにやってくる人たちは、地味な作業にも知らず知らずに一生懸命になり、彼らと同じ夢を見るようになるのです。

そして「大草原の小さな家」を支えるファミリー。

農作業の重労働を共にし、さらに宿泊ゲストのお世話をするゆう子さんの内助の功はもちろんのこと、二人の子どもたちも「のぼりんファーム」の立派なプレイヤーです。開墾の石拾いや収穫などの作業だけでなく、お客様に手作りのお菓子を出したり、農園の案内をして健気に両親を支えている彼らの姿は実に微笑ましい存在です。便利な都会の生活から突然ワイルドな田舎暮らしに飛び込んだ二人も、今では畑で虫や魚を採り、川で泳ぎ、和太鼓をたたく農村の子どもになりました。「東京よりも札幌よりもここが好き、ずっと余市で暮らしたい」という中学生の長女は何と「モンガク谷」ワインのラベルのデザイナー。小6の長男も、お父さんの大工仕事を横で見ながら「大工になって自分が家を建ててあげる」という逞しい少年に成長しました。

「子どもたちも含め、家族で作っている畑やワインがうちの特徴。ゴールの見えない手探りの道のりでは夫婦喧嘩をしたこともあるけれど、やっぱり最後は家族の信頼、家族の助けがあったからこそ、ここまでたどり着いたと思っています。」と木原さんの言うとおり、訪れる人たちにとってこの農園を忘れがたいものにしているのはまさに彼らでしょう。

2017年のブドウ収穫は、地域の人たちを含むおよそ30人が集い、清々しい青空のもとで行われました。あの落胆の収穫から3年目。美しくたわわになったブドウの房を、参加した人たちはまるでお祭りのような晴れ晴れとした気持ちで収穫しました。その実りは何と6トン。木原家の努力の成果をそこに集まったすべての人びとが称えた、記念すべき一日でした。

思ってもみなかった展開で、ワインづくりの虜になった木原さん。その夢はさらに膨らみます。農園の敷地内にワイナリーを建設して、ぶどうの栽培から醸造まですべて自ら手掛けようというのです。醸造施設はぜひ軟石でという願いが叶い、浦臼に使われずに保存されていた石づくりの建物が見つかりました。それを丁寧に解体してそっくり運んで再生し、断熱や設備工事を施し、まもなく竣工というところまでこぎつけました。

天然石を使っただけでなく、地下にタンクを置き、機械を使わず1Fから重力で果汁を運ぶ、つまりできるだけ自然に、ブドウに負荷のかからないような作り方に徹しています。製造したワインは可能な範囲で直売しようという計画なので、訪ねてくるお客様がゆっくりティスティングをするスペースなども設けられています。

2018年秋に、いよいよこの自社ワイナリーで仕込みをする日を心待ちにする木原さん。その壮大なプロジェクトはまだまだ続きます。将来は、当初の夢だった有畜農業にトライする日のために、今からドングリの森づくりにも励んでいます。

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